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  山形県 朝日連峰の渓
  2016/07/16〜18



  斉田昌男、平澤章弘、宮川智行、湊豊、高野智





Text & Photo  : 高野

ここに一冊の本がある。白石勝彦氏著 「大イワナの滝壺」
私が渓流釣りを始めたころに買った本だ。
そこには昭和37年の上高地梓川から始まり、47年の北海道静内川の源流コイボクシュシビチャリ川での70cmの大イワナとの勝負までの白石氏の思い出が書かれている。
白石氏は「1尾だけでもいいから、私の心を強烈に燃焼させてくれるような大物と出会いたいのだ。」と語っている。
この本には、まだ源流がはるか遠い場所だったころの、イワナ釣りのロマンがいっぱい詰まっていた。この本に出会ったことによって、私の心に源流へ行ってそこで大イワナを釣ってみたいという気持ちが芽生えた。
だが残念なことにその時代とは違い、今や源流は高速道路や林道の開通などによって誰もが行けるところになってしまった。もちろんその恩恵は自分も受けているのだから、嘆くことではないのかもしれない。しかし、白石氏の行っていた頃のような釣果やサイズは、ほとんど望めない状況となっていたのだ。
そうしてかれこれ20年。尺上イワナは毎年のように釣っていたものの、あこがれの40cmオーバーのイワナを釣りあげることができないでいた。しかし釣り仲間たちは何人もが40cmを超える大イワナを釣っていた。決して大イワナは幻の魚ではないのだ。
それなのに、なぜ自分には釣れないのだろうか。同じような渓に行っているのに・・・。
心の中でずっとそう思ってきたのだが、今年ついに白石氏の言うところの「大イワナの世界」へと辿り着くことができた。

今度の釣行は前の年、高橋さんが大物をバラして悔しい思いをしたときからの計画だった。
5人を乗せた車は深夜の高速道を降りて車止めまで最後のドライブ。
エンジンを切ると辺りは静寂に包まれた。いつもように軽く飲んで一眠りしようと思ったのだが、すぐに空が白んできてほとんど眠る時間もなく出発する。なにせ今回は6時間の山越えルート。道も消えかかっているようで、迷う可能性もあるので早めに出ることにする。

今回のメンバーは斉田さん、平澤さん、宮川さん、そして一昨年の柳又以来の湊さん、あと私の5名。あれ? 言い出しっぺの高橋さんは? 実は高橋さん、富士山に登るとかで不参加。ホントにもったいなかったですね〜。

この渓は過去に一度に尺上が6本、それも38cmが2本、36cm、34cmが出ている実績がある。そして高橋さんはもっと大きいのに糸を切られている。まさに白石氏の言う大イワナの世界なのだ。

今回もまた大物が出るはず! そんな大きな期待を胸に抱いた5人は尾根道へと取りつき、いきなりの急こう配の踏み跡を辿る。しかし道はすぐに不明瞭となり、慎重なルートの見極めを要求される。今年は雪が少なかったせいか、以前よりも木の葉が茂っていて藪と化しているところも多いようだ。
足元も見えないくらいの藪を漕ぎ、どうにか渓に降り立ったのは予定通りの6時間後だった。

いきなりの急登に息が上がる。
出発後すぐの急登に、すでに疲れが・・・。
























一歩一歩、原生林の森を行く。
美しい日本の森。

徐々に藪と化す踏み跡。
それに追い打ちをかけるように、斜面のトラバースで脚の負担が増す。

どのくらい来た?
まだ半分も来てないんじゃない?

疲れが見える斉田さん。
目的地はまだ見えない・・・

























見事なツキヨタケの群生。
光るところを見てみたい。

やっと稜線に出られた。
と、喜んだのもつかの間。
この先に行くの?

























ずっとこんな道でハイになる。

目指す渓はあの切れ込み。
ようやくテン場に着いてホッとする。

6時間の山越えでかなりヘバったけど、素晴らしい流れを目の前にして休んでもいられない。
すぐに竿を持って釣りに出た。
テン場のすぐ上が最高のポイントになっているのだが、ここでいきなりの入れ掛かり。

ここだけでも満足できそうなくらいだが、まだ少し時間もあるので先へと進む。

すると期待にたがわずに、良型が釣れてくる。
そしてついに宮ちゃんに尺イワナが来た!
「お! 宮ちゃんそれ大きいんじゃない? 尺ありそうじゃん!」
「いやぁ、尺は無いですよ。」
「ちょっと測ってみ。」
「あ〜、29.5cmです(笑)」
また宮ちゃんサイズかよ〜。
でもなんだかデコボコした石の上で測っているから、ちゃんと測れてない気がする。
「ちゃんと測ってみなよ。」
と私が測りなおす。
すると、ジャスト30cm。
「やったじゃん、尺あるよ!、ほら!」
「あ、ありますね。」
「おめでとう!」
念願の尺イワナが釣れた宮ちゃん。良かったねぇ。

その先でも続けて良型が釣れてくる。最後に8寸クラスが出て今日は納竿。
湊さんはどうもテンカララインと竿のマッチングが良くないらしく、うまく飛ばないようだ。
もうちょっと重いラインのほうがいいかもしれない。


いつも一番に竿を出す斉田さん。
早速、良型ゲット。


























続けてもう一尾。


























宮ちゃんも良型を釣りあげる。


























宮ちゃん、
ついに念願の尺イワナをゲット!
おめでとう!

私も釣れた。
でも尺は全然ないな。

今日はこの辺で時間切れ。
この後、雨が降り出して残念なことに焚き火は無し。
明日は大物が出るといいなぁ。

明けて2日目。
昨日からの雨は上がってはいたが、空は厚い雲に覆われている。
いまにも降り出しそうだが準備を整えて出発する。
今日はこの上流で二手に分かれて釣る予定だ。
斉田さんと平澤さんは支流に、私は宮川さん、湊さんと本流を行く。

しばらくは竿を出さずに遡行に専念。
渓相は素晴らしく、水も清らかだ。

渓が開けてきたので、この辺りから竿を出す。
私の竿に8寸ほどのイワナが来た。






















宮ちゃんにも良型。
しかし、先ほどから降り出した雨が
激しくなってきた。
まだ増水するほどではないが、
このまま降り続くと心配だ。

精悍な顔つきだ。
厳しい環境を生き抜いてきた、力強さを感じる。

湊さんのテンカラもさまになってきた。
平澤さんにもらったラインはよく飛ぶようだ。



雨は幸い小降りになってきた。
あのままの降りだったら、あきらめて引き返そうかと思ったほどだった。

さて、しばらく釣りあがってきたが思ったほど数は出ていない。また、型もまあまあだが尺物は出ていなかった。

不満というわけではないが、6時間もかけてきたにしては貧果だ。期待した40cmの大イワナはどこにいるのだろう。
そんな思いを抱きながら行くと、ついに宮ちゃんが大物を釣り上げた!
銀色に輝く美しい魚体。メジャーを当てると35cmもあった。
昨日の初尺に続いて、なんと尺2寸弱を釣り上げてしまった。
今まで尺イワナが釣れないと嘆いていた男は、いったいどこに行ってしまったのだろうか。

堂々たる魚体。
前日に初めて尺イワナを釣り上げたばかりというのに、翌日にはもう自己記録を更新だ。

尺一寸くらいまでは、けっこう釣れるが、それを超えるのはめったに釣れない。
ここまで大きくなるのは、それほど大変ということだろう。

宮ちゃんの35cmに続いて私の竿に32cmがきた。
しかし、35cmのあとでは不満が募る・・・が嬉しいことは嬉しい。

今年初の尺物32cmを釣りあげ喜びのあまり何枚もシャッターを切っていると、ちょっと下流で竿を出していた湊さんが大騒ぎしている。
「デカイ! デカイ!」と言っているようだ。
「また〜、デカくてもせいぜい尺くらいじゃないの? 自分でなんとかするでしょ。」
などと宮ちゃんと話していたのだが、見るとテンカラ竿が満月になっているではないか!
こりゃ、ただごとじゃないぞ。
まだ写真撮影の途中でイワナをリリースしていなかった私は、宮ちゃんに
「タモ持って助けに行って!」
と湊さんのもとに駆け付けさせた。

タモに収まったイワナを見たらビックリ! 宮ちゃんの35より明らかにデカイ!
こりゃ40オーバーかと何度かメジャーを当てるも、残念ながら1cm足りない39cm。
でも、こんなサイズのを見るのは10数年ぶりだ。
湊さん、まだ自然渓流2度目の初心者だよ?! それなのにこんなサイズの上げちゃっていいの?
ハッキリ言って、20年やってる私でさえ釣ったことがないサイズ・・・。

だけど一緒に行った仲間が大物を釣ることができて、まるで自分のことのように嬉しかった。
宮ちゃんも35cmを上げたし、2人とも大物を釣ることができて、ホントによかった。

「にしても、テンカラ竿でよくこんなの上げたなぁ。」
「先日のテンカラ教室で、掛かったらとにかく竿を立てろと教わったんですよ。」
「なるほど、だから竿をのされずに済んだんだ。」


























湊さん、最高の笑顔。


























39cmは、やはりデカイ!
野性の証、たくましい尾びれ。


宮ちゃんの35cmとは体色が違う。
こちらはだいぶ色が濃い。

いかつい顔だ。

























39cmともなると、幅も広い。

何枚も撮影させていただいて、リリースした。
次に会うときは間違いなく40cmを超えていることだろう。

35、32、39と出て士気の上がった3人。
さらなる大物を釣るべく歩みを進める。
今まで開けた渓相だったが、両岸は再び狭まりゴルジュのようになってきた。

そこは渓が直角に曲がる感じで落差2mの滝が落ちる場所だった。
ぶっつけの内側に一畳ほどの広さで流れの緩くなる所があった。
私は下流からその弛みに仕掛けを落とした。
ゆっくりと流れていく仕掛けが止まる。竿先には何の反応もなく、根がかりのようだった。
思い切り何度か竿をあおって外そうとしたが、まったく外れない。
私は下流にいた2人に苦笑いして
「根がかりしちゃったよ。」
とサインを送り、上流に回って外そうとした。
とその時、目印がスーっと動いた。
「え? マジ? イワナか! 掛かってる!」
竿のテンションは保ったままだったのが幸いだった。
そいつは割と簡単に浮いてきた。
「デカイ! 湊さんのよりデカイかも!」
仕掛けはさっき張り替えたばかりの1号通し。そう簡単には切れないだろう。
場所的にも自由に泳ぎ回れないから、こちらが有利。
さて、どうやって取り込もうか。
下流に落として下にいる宮ちゃんに取ってもらうか。それとも手前の強い流れを横切らせて右岸の岸で取ってもらう?
私は後者を選んで宮ちゃんに上流に行ってもらった。
流れを横切って右岸に寄せたイワナは、一度は宮ちゃんの差し出したタモに驚き、逃げ出した。
もう一度寄せて、今度は慎重に掬ってもらう。
タモからはみ出すくらいの大きさだ。間違いなく湊さんのイワナよりもデカかった。
メジャーを取り出し測ってみる。
43cm! ついに念願の40cmオーバーを釣り上げることができた。
もう感無量である。
まさに白石氏の言葉通り、43cmの大イワナは私の心を強烈に燃焼させてくれた。

渓は狭まり、落差も大きくなってきた。
























ついに手にした43cmの大イワナ!
掌が回りきらないほどの太さ。

橙色の斑点がとても美しい。


渓流の王者の風格。
夢だった大イワナをついに釣り上げることができた。
今日という日を一生忘れることはないだろう。

好ポイントを攻める宮ちゃん。
もうどこから大物が出てもおかしくない。


いかにもな流れが続く。
湊さんもかなり上達した。




























フリクションの利く岩を伝い、
さらに上流に向かう。



























宮ちゃんが最後を締めてくれた。
こいつも良型だ。

























落ち込みの連続する場所でタイムアップ。
今日はじゅうぶんすぎるほど満足できた。
早くテン場に戻ろう。

支流に入った斉田さん、平澤さん組は、大物こそ出なかったものの、8寸クラスの入れ食いでエサ切れになるほどだったという。
渓相はやや厳しく、泳ぐほどではなかったが何度か胸まで浸ったらしい。
本流は大きさ、支流は数でどちらも素晴らしい釣果だった。

ただ一つ残念だったのは、二晩とも雨が降り焚き火が全然できなかったこと。これで焚き火ができれば、もうなにも言うことのない釣行だった。
しかし、20年の渓流釣り人生の中で、もっとも素晴らしい釣行だったことは言うまでもない。
道の状態やアプローチの長さから、そうそう来られる渓ではないが、いつかまた必ず訪れようと思っている。
この渓がいつまでも変わらずにイワナを育み続け、これからも大イワナの渓であってくれることを祈っている。


























支流組の平澤さん
斉田さん撮影


支流組でも尺が出た。
2日間お世話になったテン場。
素晴らしき仲間たち。
左から湊さん、宮川さん、斉田さん、平澤さん、私。

いくら良い釣りをしても、帰り道の大変さは変わらなかった。
山は厚い雲に覆われて、いつ降り出してもおかしくない空模様。

帰り道の辛さを意に介さない、元気なのが一人いた。

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