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  朝日連峰 末沢川
  2014/09/20〜22



  伊藤さん、大串さん
  高野



Text   : 大串
Photo  : 高野

稜線までのゼンマイ道は思ったより快適な登りだった。今回カメラマンとして同行いただいている渓道楽の高野さんのお薦めのルートだ。2泊分の食料と装備を背負っての登りだから相応にきついのは当たり前なのだが、それでも「あれっ」と思うほど早く稜線に辿り着くことができた。稜線の踏み跡をしばらく辿ると見覚えのある小ピークに出て、以前私が使ったルートと合流する。
末沢川と荒川その両方の渓を俯瞰するこのピークからの眺めは素晴らしい。快晴の秋空の下、今登ってきた荒川と対岸の山々、その奥には遠く小国へと続く水田地帯、そして背中を返せば朝日連邦の雄姿が眼前に連なる。
小休止の後、懐かしい末沢川の渓へ尾根につけられた踏み跡を下る。

この釣行を企画してくれたのは渓の翁こと瀬畑さんだ。しかし今、末沢の渓へと下る我々グループの中に、残念ながら瀬畑さんの姿は無い。
7月に行かれた取材釣行で腰を痛め、その後もどうにも具合が良くならないらしい。それでも、「せっかくの機会だから行っておいでよ」との瀬畑さんのお気遣いをいただき、この9月後半の連休に、実は今回初めてお会いしたお二人、瀬畑さんの友人である伊藤さん、カメラマンの高野さんとこの末沢川にやって来た。

余談になるが瀬畑さんとお知り合いになれたのはつい最近のことだ。
昨年の秋にFacebookをチェックしていて偶然に瀬畑さんがFacebookをやっておられるのを拝見した。失礼ながら、自分が持っていたそれまでの瀬畑さんのイメージにFacebookと言うものは全くなかったので少々びっくりしたことを覚えている。
私は普段、面識のない方、特に有名人の方々にソーシャルメディアのリクエストなどは出来ない性質なのだが、なにせそれが瀬畑さんとあっては、一も二もなくリクエストをしていた。すると直ぐに丁寧なメッセージを頂き、少しずつ交流が始まった。
またテンカラ釣りのファンサイトを運営しているアメリカ人の友人に頼まれ、彼のサイトに掲載する瀬畑さんのインタビューを素人翻訳したりする機会などもあり、次第に瀬畑さんに懇意にしていただけるようになった。そして、今回念願だった源流へ同行できる運びとなったのだが。


























尾根までのぜんまい道を登る。
首が痛くなるほどの巨木の森を行く。

伊藤さん(左)と大串さん。
まるで旧来の友人のようだ。

尾根に上がると雲海が出迎えてくれた。
素晴らしい天気、素晴らしい景色。
最高の源流日和。


テン場までを釣り上がる。

我々は2時間半ほどで無事末沢川の源流部に辿り着いた。9月も下旬とあって予想はしていたが、砂地のそこかしこについたかなりの数の足跡が、ここ2,3週の間にだいぶたくさんのパーティーが入渓していることを物語っていた。
「ずいぶん人が入っていますね」と高野さん。
「そうですね。なにせ9月ですから、でも魚が釣れないほどじゃないでしょう」そう答えた。
我々はテン場を整地し早々にタープを張った。このテン場は目の前の河原がたき火を囲んでの宴会に最高な場所を提供してくれている。
私たちは、ゆっくりと荷物を整理してから、河原で湯を沸かし簡単な昼食を取った。

昼食後、「さっそく様子を見にゆきましょう」という高野さんの一声で、伊藤さんと私は釣りの準備をしてテン場のすぐ上流から釣りはじめた。
伊藤さんはベテランのテンカラ釣り師。私はフライとテンカラの両方を携えてきたが、この日はまずフライロッドを手にした。先行を譲っていただき、毛鉤にはお誂え向きの段々瀬の流れに毛鉤を打ってゆくが、なかなか魚は反応してくれない。
たまに出るイワナもかなりのプレッシャーを受けているせいか里川のスレヤマメの様な反応で、一度しか毛鉤に出ない。
それでも100mほど遡行して7寸ほどのイワナが釣れてくれた。少しほっとして伊藤さんと交代して歩きだすと、下流から何人かの人影が・・・。
「ありゃっ、沢登りですかね」、「沢登りっぽいですね」高野さんと話していると、はたして5名ほどの沢登りのパーティーが追い付いてきた。今日はこれから末沢を詰め上がり、その後岩井又沢を下降するという。
「なるべく水に入らない様に行きますので」という彼らに「気を付けて」と送り出しつつ、心の内では今日はもうだめかなと思う。予感は当たり、その後1時間ほど、伊藤さんにも私にもたった1度のアタリもないままだいぶ進んでしまった。
3人で相談し、明日に期待をかけて今日はもう川を休めましょうということになる。


























毛鉤を振りこむと、
美しいイワナがあいさつしてくれた。


























テンカラで本流を釣り上がる。

それではと、早々にテンバに戻り、夜の宴会に備えて十分な薪を集める。夕刻まで時間があったので、私はテンバで少し昼寝をさせて貰う。
天気予報ではこの先しばらくは晴れが続くようだ。ブナとミズナラの木々から降り注ぐ木漏れ日の下、最高に贅沢な渓での時間だった。
夕方は明るいうちからたき火を起し、伊藤さんが作られている美味しいコシヒカリで飯を炊く。高野さんと私とでツマミとおかずを作りながら乾杯だ。
高野さんとの釣行も前述の通り初めてなのだが、ずいぶん昔から渓道楽のサイトを拝読させていただいていたこと、行きの車は、福島の白河で合流させていただき車中いろいろと話をし、共通の趣味も多かったことなどもあり、直ぐに意気投合出来た。冒頓で明るい伊藤さんとも同様に直ぐに打ち解け、高野さん曰く「お二人とはもう何回か一緒に渓に来ているような気がする」という具合に実にうまく気心が通じ合った。
私たちは、11時頃まで語りあってやっとシュラフにもぐりこんだ。渓の空には明日の好天を約束するたくさんの星が瞬いていた。


翌朝は、少し冷え込んだ。天気が良く放射冷却となったのだろう。
我々は、ゆっくりと朝食を取って8時半頃に出発。
昨日釣った場所までは竿を出さず30分ほど歩いてから竿を出した。
この日も、まず1、2本いいイワナが出るまではフライにしようと決めた。そして、願いを込めて毛鉤を打つ。
伊藤さんと交代しながら、毛鉤を打つ。しかし、反応が無い。
この9月、多くのパーティーが歩いてかなり魚にはプレッシャーがかかっていたのだろう。そこに昨日の沢登りの方々の遡行である。しばらく釣って、伊藤さんと相談し、1級ポイントと竿抜けしていそうなポイントに絞って遡行のペースをあげるが、それでもイワナ達は沈黙したままであった。
そうこうするうちだいぶ日も高くなって、次第に最源流へと差しかかっている。ここまで、魚の写真は昨日私が釣った7寸サイズ1本のみである。
さすがにこれだけ釣れないと、気持ちも焦ってくる。
最後の希望は支流だ。魚止めの滝も近くなる辺りに、1本だけ釣りになる支流があることをお二人に話す。それではと、ペースを上げて、やがて左岸から流入する沢へと入る。入り口は水量も少なく心細いくらいの小沢で、どうやら暫く入渓されていないようだ。
ポイントも多くないのでまずは歩く、どんどん歩いて最初の魚が入っていそうな落ち込みに、慎重に10メートルほど手前から毛鉤を入れる。と、一発でいいサイズのイワナがでる。久々のヒット、なかなかの引きを楽しんでいると・・・、バレた。まずい・・・後ろを見るとまだお二人は追いついてきていなかったので、これは無かったということで、次のポイントへと歩く。
すると直ぐに沢の曲流部の先に魚気たっぷりの小滝を掛ける小淵があった。岩陰からそっと覗くとまたまたいいサイズのイワナが定位している。
そのままなるべく動かず、至近距離から魚のすぐ上流に毛鉤をそっと落とすとこれも一発できた、しっかりフックさせ早々に取り込むと、ちょうど高野さん達が追い付いてきた。
「写真撮ってください」
「おお、いいサイズじゃないですか」
その言葉に少し肩の荷がおりた気がした。

ゴルジュの様相の流れに、フライが舞う。

秋晴れの末沢川。
これで魚が出ないのが不思議でならない。


いかにもなポイントに伊藤さんが竿を出す。
岩壁にへばりついて毛鉤を飛ばすが、どうにも渋い・・・。



やっときた9寸イワナ。

その後、私にもう1本9寸クラスがヒット。これは釣ったところも写真に撮って貰えた。そして、この沢での締めは伊藤さん。沢の規模の割にはかなり大きな淵尻で、この釣行最大の尺1寸オーバー、35cmクラスの雄々しい花曲りの岩魚が伊藤さんのテンカラ竿をしならせた。ランディングした瞬間、思わず3人で小踊りしてしまった。山の神様は最後に素晴らしいプレゼントをくれたようだった。これで、肩の荷がすっかり降りた。沢はまだまだ続くのだが、次第に泳ぎ、へつりも危険になって来たので、本流へと戻ることにする。本流に戻り、落ち着いた気持ちで昼食を頂く。すこし雲は出てきたが、日差しは汗ばむほどに強く、遠くに聳える朝日の山々の緑が眩しいくらいだ。その後、魚止めの滝まで釣るが、釣果はもちろんアタリの一つもなかった。

この日の夜は、苦労した末になんとかいい魚を釣ることができて本当に嬉しく、残りわずかになったお酒がことさらに美味しかった。余った食材は全部食べてしまおうという勢いで次から次へと料理を作る。気持ちもお腹もいっぱいになった夜だった。「来年もまたこの3人で、そして来年こそ瀬畑さんと一緒にまた山に来ましょう」と誰からともなくそんな話になった。瀬畑さんのお引き合わせで、素晴らしい釣行と山の仲間に巡り合えたと思った。そんな事を考えながら、たき火の横に寝ころび、また3人で遅くまで語り合ってしまった。

最終日、シュラフから抜け出すと、朝一番に高野さんがテンバのすぐ上流で、テンカラでイワナを仕留められていた。さすが高野さん。今回はもっとたくさん釣りをしていただけなくて申し訳ないと思った。それから我々は、朝カレーでしっかり腹を満たし、テンバを綺麗に片づけて帰路についた。柴倉沢からの最初の登りは少々きつい。風の通らない樹林帯に、今日も快晴の空から容赦なく日差しが照りつける。それでもだいぶ軽くなったザックに励まされる様に歩を進める。末沢の渓の向こうに大日倉山からの峰々が一望できる高さまで登るとしだいに急坂も緩やかになった。山越えのピークへと続く枝尾根に出ると谷底から気持ちの良い涼風が真っ直ぐに吹き上げてきた。一息つきながら、今年の源流釣りもこれでおしまいだなと思ったら、少しだけ寂しさが込みあげてきた。


もう1尾、良型がフライをくわえた。



バシャ!
そいつはいきなり出た!


























待ちに待った大物がついに来た。
これぞ源流の王者。

35cmの大物!
いかつい顔をしたオスイワナ。
この1尾が出てくれれば、もう満足だ。

本流に戻って、エメラルドグリーンの美しい淵を釣る。
しかし、ここでもイワナは出なかった。


そして最後の望みの魚止めの滝。
今まで反応が無かったのは、遡上して魚止めに溜まっているからかもと、
淡い期待をいだいていたのだが・・・。


今宵も盛大な焚き火の炎が、釣り人の顔を明るく照らした。

3人の釣り人。
左から伊藤さん、大串さん、高野。
またこのメンバーで再訪したいものだ。

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