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山形県朝日連峰八久和川

2004/09/18-20


田辺、荻野、森、高野







Text & Photo  : 高野智

「なんでまたこんなところに来ちゃったかなぁ」
後悔先に立たずとはまさにこのこと。天狗角力取山(てんぐすもうとりやま)の山頂(1376m)から岩屋沢沿いに付けられた登山道。下り始めてしばらくして前回の釣行で痛めた膝が、またシクシクとしだした。この下りは一気に600mほどの標高差を駆け下る道で、大井沢登山口から900mもの標高差を登ったあとに控える釣り人泣かせの道である。
 痛む膝を騙し騙し歩き、ようやく八久和本流が見えたときはホッとした。登りでマイタケ採りの親父さんと30分も話し込んでしまったのを差し引けば、去年よりも1時間は早く着けると思っていたのに、結局下りに時間が掛かってしまい大差ない歩き時間だった。

登りの途中にある水場で一息入れる。 やはり我々は水の近くにいるのが一番だ。左から荻野さん、私、森さん。








心臓が張り裂けそうな急登もようやく終わり、登山道は尾根に出る。
尾根上は気持ちの良い風が吹き抜けていた。








ここまで来れば頂上までもうちょっと。
白く見える建物は雨量観測所だ。
ようやく天狗小屋が見えた! まさかここに泊まるとは、このときは思ってもみなかった。 















日差しを遮る木々の無い山頂付近はかなり暑い。全員バテバテだ。
冷たい流れに浸りながらプシュ!と。 カァー、たまんねぇな

 ようやく着いた八久和本流(このあたりは出谷川と呼ばれる)の流れを見ると、あきらかに去年よりも水量が少なかった。ほんとにチョロチョロ程度であり、いかに八久和といえども岩魚が釣れるとはとても思えない感じだ。

 それでもテン場を設営し終えた我々は、嬉々として八久和の流れに竿を出した。だが、思ったとおりちっとも釣れない。アタリが何回かあっただけであった。険谷で名高い八久和にも何箇所かは遡行しやすい区間があるのだが、岩屋沢出合から上がその区間にあたる。そのためあまり大場所はなく、平たい流れが続いている。なので余計に釣れないのだと、自分たちの腕の悪いのは棚に上げて愚痴をこぼす。
 いいかげん釣れない釣りに飽きた自分とナベちゃんが引き返したところ、荻野さんの姿が見えない。ちょっと下ったところで「あったぁ!」と山の中から声がした。
 まさか?! マジで? と駆けつけると、なんと見事なマイタケを見つけ踊っているではないか。マイタケを採るのは生える木を知っていなければ、それはそれは重労働なのである。なのにこんなにも簡単に見つけてしまうとは。大きさ的には1kgくらいはあるのだろうか。大喜びの荻野さんを写真に収めて、勇躍テン場に引き返した。











去年も渇水だったが、今年はさらに酷い。一目見て、これじゃ岩魚も出てこないだろうと感じた。
これぞ山の恵み、見事なマイタケだ。まさか素人の我々にも見つけることができるなんて、夢のようだ。
これで岩魚が釣れなくても満足である。















ビギナーズラックとはまさにこのことか! マイタケを手に満面の笑みを浮かべる荻野さん。










ヤッホー、テンプラ、テンプラ!

 その晩はマイタケのテンプラを嫌と言うほど食べまくった。「岩魚は釣れなかったが釣りは明日もまたチャンスがあるさ」そんなことを話しながら夜は更けていった。

 深い眠りに引き込まれてどのくらい経ったろうか。なにやらザーザーという音とナベちゃんや荻野さんの声が聞こえてきた。何事かと目を開けると、凄い雨である。去年に引き続いて今年も土砂降り&強風であった。山の神様は余程私のような人間が山に泊まるのが気に入らないらしい。
 しかし、しばらくして山の神の機嫌も直ったのか雨も峠を越え、タープを下から持ち上げて雨水が溜まらないようにしていた手を離すことができた。このときはこれで明日の大漁は約束されたようなものだと呑気に構えていたのだが。

 明けて翌朝、川を見るとゴーゴーと茶色くにごった水が流れていた。川の中ほどにあった岩は完全に水没し、その姿をみることすら出来なかった。テン場までは水が来ないことは分かっていたが、これではとても釣りどころではない。このまま降り続けば渡渉できなくて予定日に下山できなくなってしまう。まあ焦っても自然の力には敵うまいと二度寝した。
 この時点で今年の八久和釣行は終わっていた。
ゴーゴーと流れる八久和。こうなってしまっては渡渉すらままならない。

 再び目を覚ますと雨は小降りになっていたが相変わらずの水量で、とても渡れたものではない。何もすることの無いテン場で4人で協議した結果、水が引いて渡れそうになったら帰ろうと決まった。しかし、自分としてはこれは承服しかねる話だった。いや、この状況だから帰るというのは納得できる。だが、ナベちゃん、荻野さんは、天狗山頂まで登って今日中に車に戻ろうと言っているのだ。この膝の状況は本人にしか分からないだろうが、下りで膝が痛くなるのは分かりきっていた。あわてて帰っても仕方が無い私としては、天狗小屋に一泊して明日は下るだけにしたいというのが本心だった。

 まあとりあえず山頂まで行って決めようとなり、昼まで待って水の引いた八久和を渡渉して、登山道に取り付いた。
 息をゼイゼイ言わせ、口から心臓が飛び出しそうな急登の途中で、下ってきた釣り人に出会った。
「ピンソール付けてるんですね。それにそのバッグ。いつもホームページ見てますよ」と言われる。それに対して息を切らしながら「ありがとうございます」と答えるのが精一杯の私。
 でも、渓道楽のサイトを見てくれている方に山で会うのは嬉しいものである。その会話のあとほんのしばらくだが気合が入って登るスピードが上がった気がした。










そこらじゅうに生えていたツキヨタケ。肉厚で美味そうなのだが毒キノコの代表である。

これもツキヨタケ。
一瞬ムキタケかと思ってしまうのが怖いところ。
秋は直ぐそこまで近づいてきている。

 登り始めて3時間近く掛かりようやく山頂に辿りついた。時間的には3時ちょっと前であり、これから下ったら間違いなく真っ暗になってしまうだろう。元気な体ならば気にならないが、暗い登山道を痛む膝を抱えて降りるのはまっぴらである。みんなに強行に主張して天狗小屋泊まりを承諾してもらった。

 いつもは渓のテン場で焚き火を囲んで騒いでいる我々には、山小屋に泊まるというのは初体験である。山小屋に泊まるのは山屋さんと相場は決まっている。山屋さんの朝は早いと聞いているが、となると寝るのも早いのだろう。消灯は7時なのか8時なのか。そのほかにもルールやマナーがあるのだろうが、それすら何も分からないときている。4人はどうにも落ち着かない。
 恐る恐るドアを開け中に入ると、管理人さん(とこの時点では思っていたが、実は管理人さんと親しい山屋さんだった)が「どうぞ、2階に上がってください」と案内してくれた。2階には先客の登山者グループ2組が居て、くつろいでいた。渓道楽4名は隅っこに遠慮がちに陣取り、早速酒盛り。
 こうやって落ち着いてみると山小屋もいいものだ。雨は吹き込まないし、寒くも無い。風にタープを煽られることもない。至極快適な場所だった。もっとも人気コースの山小屋は半端じゃない込み具合らしい。1枚の布団に互い違いに3名寝るのは当たり前と、以前泊まった経験のある森さんが言う。天狗小屋がそういうのじゃなくてホントに良かったと他の3名は胸を撫で下ろした。

 やがて日も暮れて、他のグループは明日の出発に備えて眠り始めたのだが、我々はヒソヒソと小声で話していた。そこへ西川山岳会の菊池さん(最初に管理人さんと思った方)から「よかったら酒もって1階に来なよ」と声が掛かった。先ほどからマイタケがどうのとか岩魚が・・・、などという会話が1階から聞こえていたので、これはチャンスと早速話に混ぜてもらう。
 本当の管理人の山田さんは40年も釣りをやっているらしく、八久和もかなり古くから訪れているらしい。朝日連峰の山と渓を愛するが故に、とうとう天狗小屋の管理人になってしまったそうだ。勝手の分からない山小屋でどうなることかと心配したのだが、山棲人からいろいろな話を直に聞くことができ、とても楽しい夜を過ごすことができた。

 翌朝は登山者につられて夜明け前に目が覚めた。外に出てみるとひんやりとした空気が肌に突き刺さる。天狗小屋に立つ4人の前に、素晴らしい朝日が登ってきた。

天狗山頂の夜明け こんな日の出を見るのは初めてである。























立ち枯れが秋空に突き抜けていた。

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