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新潟県 三面川支流 岩井又沢 の入り口

2004.6.12〜13


川上、荻野、高野(渓道楽)
保岡(フリー)





Text & Photo 高野 智

 台風4号は九州地方から中国地方を抜け、本州の上を関東に向かって進んでいた。
 何で楽しみにしていた釣行にドンピシャのタイミングでやって来るかなぁ。相当性格曲がってるよ4号君!
 会社から仕事そっちのけでインターネットを覗き、台風の進路に注意していたのだが、どうも進路は変わらない。唯一勢力が弱まって消滅しそうというのが、わずかな希望であった。

 今回のメンバーは「俺は基本的に晴れ男だけど、降られるときは半端じゃないギリギリの大雨だぞ」と豪語する川上顧問と、渓流釣り経験3回目にして朝日連峰の渓に挑もうという勇敢(無謀?)な男、保岡さん。そして渓道楽会員にして「渓の呼ぶ声」WebSiteを主催し、自然を通してさまざまな遊びを楽しむ、宇都宮在住の荻野さん。それから影の雨男ではないかと皆に疑いの眼差しを向けられつつある私の4人である。

 11日深夜、さいたま市を出る時には激しい雨がフロントガラスを叩き、東北道を走るトラックは盛大に水しぶきを上げて前方の視界を奪っていた。

 小国町に入る頃には幸いにも雨は小降りになり、希望の光が見えてくる。だが、時おり渡る橋から見える流れは、茶色く濁り荒れ狂っていた。
 このまま行って岩井又に入れるのだろうか。岩井又に入るには一度三面川本流を渡渉しなくてはならないのだが、渡渉点は底石の無い広い流れであり、増水していたら無理なのではないだろうか。
 不安を抱えつつも、車止めに着いた時点では雨も上がり、空も明るくなってきた。幸い風も弱く、台風の影響は無いようである。準備を整えた私たちは登山道に向かって足を踏み出した。

 岩井又沢出合に行くにはブナの森の中を進む登山道から逸れて、右へ続く踏み跡を辿る。分岐地点には文字の消えた木の札が下がっている。
 そこからしばらくで三面本流の下降点である。踏み跡から下方に見える流れは若干濁りも入り、前回来たときの2倍はありそうな水量だった。

優れものピンソール

 本流へは10mほどの高さから、ズルズルと滑る泥斜面を潅木に掴まりながら下る。フェルト底のウェーディングシューズはこういう場所が大の苦手である。落ち葉の乗った泥の急斜面ではツルツル滑り、体力を消耗する。だがしかし、今回はリーサルウェポンのピンソールをつけている。この手の滑り止め用具は初めて使うのだが、これが素晴らしい性能だった。今までもチェーンアイゼンとか似たような道具はあったのだが、それらは意外と外れやすく何度も無くしたとかいう話は聞いていた。しかしピンソールは見事にその弱点を克服。全くズレることなく、外れることなく、また泥の斜面でもガッシリとピンが食い込み、決して滑ることは無かった。
 そのピンソールのおかげで無駄な体力を使うことなく、余裕で本流に残されたわずかな河原に降り立つことができた。

 しかし、降りたのはいいが、とても渡れる水量じゃない。どうすんだよぉーと途方にくれていると、背後からドサッという音が。何事かと振り返ると、突然荻野さんが額を地面にこすりつけ、アッラーの神に祈りを捧げている。
 実は荻野さんは熱心なイスラームの信者だった、などという話は聞いたことが無い。実際のところは本流への下降の際に足を滑らせ、3mほどの高さから落ちたようだ。
 「大丈夫?」と声をかけると「ダイジ、ダイジ」と返事が返ってきたので無事だったようである。おでこを擦りむいているが、メガネも壊れていないようなのでホッとした。









雪代と前日までの雨で増水した三面本流
川上さんを持ってしても「渡れないな、これは」

 流れを前にして「これは渡渉できないぞ」という川上軍曹の言葉。これを聞いた私と荻野さんは内心ホッとした。小声で「渡れないってさ」「じゃあ引き返して角楢小屋泊まりにしようか」「うん、そうしよう、そうしよう」と話し合っていた。
 実際のところ、目の前のドードーと流れる渓を見て、渡ろうなどという考えはこれっぽっちも沸かなかった。川上さんと違って経験も少なく、根が軟弱な2人には、引き返して楽チン小屋泊まりしか頭に無かったのだ。私たちだけだったら迷うことなく、即撤退するところである。

 そんな部下2人の心を見透かしたのか、川上軍曹から「よし! 高野、お前がここでイワナを釣ったら引き返す。釣れなかったら渡渉するぞ」という命令が下った。何それ、もう訳分かりません(^_^;)
 「そんな殺生な。私の釣りの腕を知ってるくせに・・・」と思ったが、まあ増水しているとは言え天下の三面川である。なんとか釣れるだろう。釣れれば引き返してルンルン快適小屋泊まりだもんねと、早速竿を取り出し釣りはじめた。

 まずは目と鼻の先にあるタルミへと仕掛けを放り込む。こういう増水時はヘチ(岸寄り)だもんね。それぐらいヘッポコ釣り師の俺だって知ってらい!
 狙いは見事当り、すぐにクンクンと竿先が引き込まれる。
 「おっしゃぁ」とアワセくれて竿を上げるとオコチャマ岩魚が。それもまだアワセが早かったのかエサがデカすぎて小さなお口には入りきらなかったのか、ポチャンと流れに帰っていってしまった。
 「今のは釣ったことに・・・なりませんよね」
 「バカヤロウ、当たり前だろう」とニコニコ顔の川上軍曹。

 分かりましたよ、ちゃんと釣りますよ、釣ればいいんでしょと決して口には出さずに、次のポイントにエサを放り込んだ。
今度はタルミの上流にある大岩のエグレ。太い流れは岩によって勢いをそがれて、その岩のエグレに吸い込まれている。
上流に投じた仕掛けを思い切り弛ませ、エサをエグレの奥の奥まで流し込む。頃合を見計らって糸を張ると、ククンと竿が引かれた。今度は十分に待ってアワせて引き寄せる。
 「おお?! なんだか重たいぞ」
太糸に任せて抜きあげると、これがグラマーな33cmのナイスバディー。

 ここで見事釣り上げたぜと自慢したいところだが、そこは腕の悪いヘッポコ釣り師。ハリを飲まれてエラから派手に出血している。これではリリースしても死んでしまう。川上軍曹の唱える「源流では尺以上はリリース」の鉄の掟をいきなり破ることになってしまった。

 普通言われているリリース基準は「小さい魚は逃がせ」だが、川上さんは「大きい魚はそれだけ優秀な遺伝子を持っている。ここまで外敵にやられずに成長することは野性では大変なことだ。それはイコール用心深く頭のいい遺伝子を持った個体である。そういう遺伝子を後世に残さなくてはいけない。また大きい魚は小さな魚より多く子孫を産めるのだ。だから大物はリリースするんだ。」と説く。確かにそのとおりである。もちろん小物もリリースするのは言うまでもない。











下降点のすぐ上流の岩の下から出た尺1寸
雪代に磨かれた美しい魚体だ

 さて目の前で尺岩魚を釣るところを目にしてしまった他の釣り師が冷静でいられる訳が無い。荻野さんと保岡さんの2人はすぐに準備を始めた。特に渓流釣り童貞を卒業したばかりの保岡さん。グラマラスな岩魚に目の色が変わった。2人は右岸をヘツリながら、どんどん釣り上がって行ってしまった。
 が、残念なことに今日の岩魚は恥ずかしがり屋が多いようで、なかなか2人の前に顔を見せてはくれない。荻野さんにいたっては腹の赤いちょっと嬉しくない魚が掛かってしまう。
 結局ここでは別の岩魚は出てきてくれなかった。










冷てぇ〜!
         川上さんの指導で支流を釣る保岡さん            有名な一本吊橋 下から見るのは珍しいのでは?

 いきなりの尺物の嬉しさに「釣れたら引き返して小屋泊まり」という約束をすっかり忘れていた。釣りに熱中してるうちに少しずつ水位が下がり始めたのである。
 支流を釣りあがったものの、残念ながら釣果無く本流出合まで戻ると川上さんが
 「ザック背負って引き返すぞ」
 「角楢小屋へ行きますか?」(内心、ヤッター!)
 「違うよ、ここへ引き返すんだよ」
 「へ?」
 「ここを渡渉するんだよ」
 「(@_@;)・・・」(ガビーン・・・)

 さっきの約束はどこへやら。行軍再開!と軍曹からの命令が下ったのである。
 それを聞いた私と荻野さんは、またしてもヒソヒソと
「渡るんだってよ」「マジで? こんなとこ渡ったら流されちゃうよ」「そうだよね、水も冷たいし、浅いって言っても腹くらいの水深はあるよ、これ」
と話し合う。
 しかし上官の命令には絶対服従である。「家には怖い女房とかわいい3人の子供が・・・」と言っても聞き入れてくれなかった。

 「俺が先に渡ってやるからな。よく見とけよ」とズンズン渡り始める川上さん。水深は流心付近で腹くらい。押しも強そうである。
 「行っちゃったよ」と2人は顔を見合わせる。保岡さんは事態を良く分かっていないのか特に心配した様子もない。
しかたなく順番に流れに足を踏み入れた。
 流れの強さは思ったほどでは無かったが、その冷たさといったら氷水のようである。たちまち下半身が痛くなる。
 「キン冷法だ」などと川上さんは言っているが、別に今さらそんなことして鍛えたって誰も喜びゃしませんって!

約束が違う〜!
冷てぇ〜、痛てぇ、流されるぅ!

            Photo by Ogino

 なんとか渡り終えた我々は下流に向かって胸まで浸かりながら、岩井又沢出合を目指したのである。

 いろいろ難渋しながらもF1下のテン場に辿り着いた我々は、早速タープを張り蒔きを集めて一息ついた。

 ときおり青空も見えるほどに天候はすっかり回復した。しかし、まだまだ岩井又の水量は多く、簡単には対岸に渡渉できなかった。このまま右岸をヘツってF1まで釣りあがるしかなさそうである。


  山の恵み、ヒラタケ
  汁の実に良し、油いためにしても良し

  ナイフで丁寧に切り取る
  晩のおかずが一品増えた

 目の前に広がる岩井又沢の流れ。どこを釣っても大きいのが出そうな気がした。
 早速、荻野さんと保岡さんが仕掛けを投入する。大きな期待を持って釣り始めたのだが、結果がついてこない。全くアタリすらないのである。
 どこもかしこもポイントだらけに思うのだが、水温が低く増水しているからなのか、全然釣れないのである。

 テン場から100m程行ったところで、ちょっと嫌らしいヘツリが出てきた。その時点での先頭は保岡さん。経験も浅く、まだ渓歩きにも慣れていないので、どうヘツったら良いのか分からない様子。竿を持ったまま慎重にスタンスを探っていたと思ったら、ドボン!という派手な音が聞こえた。見ると寒中水泳の最中だった。手がかりが無いようでちょっと焦っている様子。だがなんとか岩に掴まり這い上がった。
 「コンタクトはズレるし、タバコは濡れちゃうし、散々でした」と言う保岡さん。でもそれ以外は全然平気な顔している。なかなかに強い男である。

 さて自分の番になったが、今しがた見てしまった光景が忘れられない。あと一歩が出ないのである。「落ちたら滅茶苦茶冷たいだろうな」と嫌なことばかりが頭をよぎる。皮下脂肪が限りなくゼロに近い自分としては、こんな冷たい水で泳ぐのは御免である。
 川上さんに「そこにスタンスがあるから大丈夫」と言われ、どうにか切り抜けた。

 その上に行っても魚の活性は低いままで、相変わらずアタリが無い。どうするかと川を見渡すと本流で釣ったポイントと同じような岩が目に入った。やはり下の部分がエグレている。そこに先ほどと同じように思いきり糸を弛ませ、奥まで送り込んだ。すると思ったとおり竿先に伝わる魚の躍動。
 釣れてきたのは美しい魚体の9寸岩魚だった。どうやら岩影や底に張り付いているらしい。

 つぎに目をつけたポイントも同じようなエグレ。そこにドーンと沈めてアタリを待つ。糸を張るとクンクンと竿先が引かれる。またしても同じくらいの岩魚が上がった。どちらの岩魚もとても太っている。こいつらは晩の岩魚寿司のネタになってもらう。

わずかな変化も見逃さないよう神経を目印に集中する

 F1目指して進む我々だったが、相変わらず渡渉は出来ずに右岸をひたすらヘツる。だがとうとうF1目前にしてヘツれない場所に当たってしまった。私が追いついた時点で荻野さんは高巻きに入っていて、小尾根を乗り越したところ。保岡さんは竿をしまって尾根にいた。その斜面は手がかりになる潅木も生えていないズルズル斜面で、下はスッパリ切れている。まあ落ちはしないだろうが、帰りは面倒そうであった。
 あと少しで2年ぶりのF1を拝めたのだが、もういいかと思って下の河原に降りて荻野さんが戻るの待つことにする。
 しばらくすると荻野さんの姿が見えた。一生懸命竿を振っている。ということはまだ釣れていないということだ。荻野さんは釣りに対する欲が無い。1尾釣れると満足して竿をしまってしまう。あとはひたすら呑んでいるタイプである。
 崖の上に立って何度か降りようと試みる姿が目に入ったが、結局諦めて戻ってきた。
 「降りるのは飛び降りちゃえばダイジなんだけど、戻れないからさぁ」と特にF1攻略に執着している様子もない。たぶん釣りより酒が呑みたいのだろう。さっさとテン場に引き返そう。


残念!F1に届かない

美しいブナの森のテン場

        Photo by Ogino

 さあ宴会、宴会!。
 私の担当は岩魚の三枚おろし。「釣った者が捌くのは当たり前だよな」と言われたが、三枚おろしなんてやるのは数年前の胎内以来。上手くできるか心配であったが、保岡さんと2人であーでもない、こーでもないと、どうにか成功。

岩魚寿司

 次々酒の肴が出てきて舌鼓を打つ。さてそろそろメインの岩魚寿司のための飯を炊くことになったのだが、焚き火に乗せるときに飯盒が傾いて水がこぼれてしまう。そのまま炊いたのだが、川上さんが変だという。
 「高野、おまえ水ちゃんと入れたか?」
 「入れましたよ。川上さんが傾けたからだいぶこぼれちゃったんじゃないんですか」
 「そうか? これじゃコゲそうだな」
 岩魚寿司のシャリが焦げてちゃ美味くないが、焦げてないところもあるだろう。そのまま続行である。ダイジだ!

 川上さんはいつもどおり途中で撃沈して、焚き火の傍らで熟睡している。結局岩魚を一口も食べず寝てしまった。残った3人で尺一寸の塩焼きと岩魚寿司を平らげる。遠火でじっくり焼いた岩魚はこたえられない美味さだ。もちろん岩魚寿司も素晴らしい。ここに来た者だけが味わえる贅沢なのだ。
 ふぅ、もう腹一杯、何も入りません。盛大な焚き火を囲み、宴は10時過ぎまで続いた。


 朝方4時前に寒さで目が覚めた。空気を入れて膨らませる枕はパンクしてペチャンコだし、夏用シュラフは薄くて寒いしで良く寝られなかった。時計を見ると3時50分なのだが、妙に明るいのだ。「あれぇ? まだ4時前だよな。こんなに明るかったっけ?」と首をかしげる。でも、まだ起きるにはちと早いので、セーターを着込んで再び横になった。

 「尺物入れ食いだよ!」
 荻野さんの声に起こされた。「ん? 入れ食いなの?」と聞くと、テン場の前の流れで入れたら直ぐ食ってきたという。ゴソゴソと起きだし、焚き火に当たってタバコをふかす。
 流れを見ると昨日よりかなり減水しているようで、腹が減った岩魚のお食事タイムとなっているらしい。
 保岡さんはこのゴールデンタイムにスヤスヤ眠っている。余程疲れているのだろう。初めて重たいザックを担いで山釣りに来たのであるから、無理もない。

 さてのんびり朝飯を食って、それから釣りに行くか。
 「今日はF1まで楽に行けるぞ」と川上軍曹。
 「そうですね。きっとF1も入れ食いですよ」と笑顔の隊員。

初めての渓泊まりを経験した彼の心には、どんな思い出が残ったのだろうか

 しかし、神は我々に微笑まなかった。飯を食べている最中に土砂降りの雨が降り出したのである。
 「こりゃダメだ。急いで撤収!」
 軍曹から命令が下り、あわてて荷物をつめる。この雨じゃ三面本流が渡れなくなるかもしれない。増水の目印にしていた岩が、みるみる流れに沈んでいく。

愛機 Nikon F100

 だが概ね荷物を詰め終わった頃には雨は止んでいた。
 まったく今回の釣行は猫の目のようにくるくる変わる天気に悩まされっぱなしだ。

 とりあえず保岡さんがまだ釣れていないので、竿を出してもらう。しかし急な増水にお食事タイムは終了してしまったようだ。残念ながら岩魚の顔を見ることは出来なかった。
 名残惜しいが今度こそほんとに撤収だ。岩井又の流れを振り返りつつ、車止めへの一歩を踏み出した。

 幸い三面本流は昨日よりもかなり減水していて、楽に渡ることができた。車止めまではあと1時間くらいだ。ワラビでも採りながらのんびり帰るとしようか。


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