HOMEBACK
新潟県の渓

2004.4.29


中村、高野(渓道楽)
保岡(フリー)




Text : 高野 智
Photo : 高野 中村


 ここ数年、山釣りの解禁はGW前のいつもの渓からというのがお決まりのパターンとなっている。しかし、最近はあまり釣れない(というか最初行ったときしか釣れてないのだが)ので、たまには別の渓に行ってみるかということになった。
 メンバーはいつものとおりナカナカこと中村と私、それと今回は最近知り合った保岡さんも同行することになった。
 保岡さんは渓流釣り経験は1回だけ。それも山菜採りついでに小さな流れに竿を出しただけであり、経験無しに等しい。しかし、その1回で良型の岩魚を釣り上げていて、筋は良さそうである。そしてその1回で渓流釣りの魅力に取り付かれてしまったらしく、そのときにちらっと話した今回の釣行にぜひ行きたいとメールをもらっていた。
 そんな3人を乗せた車は夜の高速を走り続けた。

 初めての渓ということで心配だったのは、まだ時期が早く豪雪地帯にある渓への道がどこまで除雪されているかということだ。いつものごとく「とりあえず行ってみるか」と夜が明けきらない暗い山道をゆっくりと登っていく。うっすらと見える川は雪代のせいか増水しているように見える。
 道の両側に雪が見えてきて、心配していたことが現実となってしまう。雪崩によって車止めのだいぶ手前で道がふさがっていたのだ。短い時間の協議の上、我々はUターンしていつもの渓に向かうことになった。結局こうなるのね。

 道草してすっかり明るくなったいつもの道を快調に飛ばす。いつもは除雪中で通行止めの道も、今冬の少ない雪のおかげで車止めまで入ることができた。幸い先行者は誰もいないようである。着替えを始めると続々と車がやってくるが、どれも山菜採りの人たちで、釣り人は我々だけであった。

 渓へのアプローチは山菜道(道というよりも踏み跡だが)を20分ほど歩いて、そこから小沢伝いに本流に下りる。我々2人はウェーディングシューズだが、保岡さんには「最初はウェーダー買ったほうがいいですよ」と言ってしまったので、腰までのウェーダーである。初めての渓がここじゃちょっと厳しいかなとも思ったが、保岡さんは我々2人よりもずっと若いので、体力的には大丈夫かなと良いほうに考えた。

 この辺りも例年よりも雪が少なく、山は新緑に萌えていた。準備を整え杣道に足を踏み入れる。
 ナカナカに先頭を任せ、間に保岡さん、しんがりに私が続く。こういうときに初心者を間に挟むのは常識だと思う。慣れていない山道で初心者に焦りを与えてはいけない。焦りは無理につながり、事故を起こしかねないからだ。後ろに人がいるというのは安心につながると思っている。

「川までどのくらいの高さですかね?」と保岡さん。
「150mくらいじゃないですかね」
「こんなところ降りる人いるんですか?」と驚いているが、
「さすがにここはちょっと。でも山菜採りの人は降りるみたいですよ」というとマジでビックリしていた。

 杣道を順調に進み、見慣れた下降点に着いた。ここから渓は直ぐである。
ここまで来る間、左手の崖から落ちる小沢が何本かあるのだが、その水量がいつもより多いのが気になっていた。
「本流が増水していて遡行できなかったらどうしよう」
 この渓はV字に切れ込んだ谷底を流れているので、両側から全ての水が集まり、増水すると半端じゃないからだ。
本流に出てみると普段よりは増水していたが、幸い遡行できないほどではなかった。あとは雪代が入るかどうかである。雪代が入るのは9時くらいだろうから、とりあえずその時間帯まで釣りをすることにして仕掛けを繋ぐ。

 雪渓の残る渓を釣りあがる保岡さん
陽当りの良いところでは新緑が芽吹いていた

 流れに立ちこむと冷たさが伝わってくる。でもジンジン痺れるような冷たさまではいかない。もう雪代は終わっているのだろうか。
 3人で釣りあがったが、しばらくはアタリも無く退屈である。小高くなった場所を見るとコゴミが群生していた。早速山菜採りに走ってしまう。

 1時間くらいたっただろうか、私の竿に待望の岩魚がきた。錆もすっかり取れ、美しい肢体の岩魚である。
まだ水が冷たいからだろう、岩魚はゆるい流れに留まっているようだ。
 そこからはポツリポツリとアタリが出始め、みんなの竿にも岩魚が掛かり始めた。

小さいながらも美しい岩魚 雪に閉ざされた渓が春を迎えた
あどけなさの残る顔 体側にはパーマークも見えた
煌めきを競い合うかのような新緑と水面
雲ひとつ無く晴れ上がった青空と新緑、そして岩魚 ここまでの条件の揃う日も珍しい

 どうやら良い日に当たったようである。それともこの渓も最近は釣れなくなったので、釣り人が減ったのだろうか。
 3人は渡渉を繰り返し、どんどん遡行していく。保岡さんもだいぶ慣れてきたようで、足取りもしっかりしてきた。保岡さんにもなんとか1尾でも釣ってもらいたいと、ポイント、ポイントで2人でアドバイスする。今日の魚影の濃さと活性の高さなら初心者でも釣り上げるのは決して不可能ではないはずだ。もっとも私たち2人のアドバイスでは心もとないのだが・・・。

 ここまで夜討ち朝駆けできたのだから、どうしても釣ってもらいたかった。ただ岩魚を釣るという行為だけでなく、原始の自然に抱かれ、新緑の輝く渓で山釣りの楽しさを味わってもらいたかった。
 そして私たちの願いが通じたのか、保岡さんに待望の1尾がきた。雪代に磨かれた美しい岩魚を手にして、保岡さんも満足げだ。
 良かった! これで今回の山釣りはコンプリートだ。

息を潜め静かに竿を出す 岩魚はどこだ 今年もコゴミが出迎えてくれた
増水気味の渓を渡渉する保岡さん 彼にとっては何もかもが初体験
ついにやった! 竿に伝わる確かな手ごたえ
これで全員岩魚をゲット!


 心配していた雪代も入らず、水も温んできたようで、その後も岩魚は釣れ続けた。気がつくと時間は昼を過ぎている。適当なところで昼飯とし、コンビニの弁当を広げる。全員が岩魚を釣ることができ、山菜も採り放題、そして萌えるような新緑と残雪のコントラスト。これ以上のシチュエーションは有り得ない。ここ数年では無かった山釣り解禁である。

さて、調子よくズンズン釣りあがってきてしまったのだが、そろそろ帰りのルートを考えなければならない。ルートは2つ。ひとつは川通しで下って、入渓点から杣道に上がるルート。もうひとつは、このまま遡行して上流で渓に降りてきているという杣道を見つけて、それを使って車止めに戻るルート。2つ目のルートはだいぶ前にナカナカが入渓するのに使ったことがあるという。またつい先ほど山菜採りの人と会ったときに、どの辺りで道が降りてきているのか情報を入手していた。
 余談だが、この山菜人たちの凄さと言ったら、それはもう同じ人間とは思えない。背中には山菜がいっぱいに詰まったザックを背負い、この両側切り立った崖をスルスルとザイルも無しに上り下りしてしまうのである。歳だってどう見ても60以下には見えない。「昔はもっと担げたが、今じゃ30kgがいいところだぁ」と軽々と言ってのける人たちだ。山で暮らし山で育った人たちは、都会の便利で怠惰な生活になれた我々からするとスーパーマンである。

 話が逸れてしまったが、道が見つかれば渓通しで帰るよりもずっと楽なはず。問題は取り付き点を見つけられるかどうかだ。幸い取り付き点の目印になっている場所は直ぐに見つかった。しかし、そこには道らしき踏み跡は見当たらない。しかたなくズリズリと滑る急斜面を木に掴まりながら、段丘を一段上ってみた。そこには明らかに人の痕跡が見られたのだが、道は見つからなかった。
 3人で手分けして探し回ると、ナカナカの「あったぞぉ」という声。
 良かった、これで帰れる。その踏み跡を辿り何度か休憩を入れながら車止めに戻った。

 ウェーダーを履いた保岡さんは汗びっしょり。さすがに初めてでこの渓はキツかったらしく、最後には足元がおぼつかない様子だったが、怪我も無く無事に車に帰ることができた。

 これでまたひとり、山釣りの魅力に囚われた釣り師が誕生した。

陽だまりで遅い昼食を取り、しばし休憩
遠くの峰には残雪が輝く

 HOMEBACK