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福島県 黒谷川

2003.08.10〜12

川久保 秀幸






Text & Photo : 川久保 秀幸

二年前から一人で何日か気ままに渓をうろつく楽しみを知った私は、今回もどこへ行こうかとひそかに画策していた。「ひそかに」というのは、私も「親父」と言われる一人で、お盆休みに家族サービスをおっぽり出して出掛けるのはちーと後ろめたい気がするからだ。こうして、小心者の私がいろいろと口実を考えているときに、タイミング良く家人から「釣りに行きたいなら、どうぞ」と。これで手間が省けたわいと思ったが、待てよ、その言い方は気のせいか、「お荷物だから遊んできてちょうだい」と言っているようにも聞こえる。日頃の「報い」(甲斐性なしの親父)で、とうとう「見捨てられたか」と思う。だが、釣り人の「性」というのは恐ろしいもので、一旦出掛けてしまうと、すっかり先ほどまでの殊勝な気持ちをすっかり忘れている。

今回の釣行は、奥只見の「黒谷川」である。一部の支流を除いては、どの支流も源流の趣ながら遡行が楽であること(グレードの高い渓を一人だけ遡行するのは最近きつくなった)、魚影も割りとある(全く釣れないのでは話にならない)とガイドブックで紹介していたのが決め手となった。とかくガイドブックというのは眉唾ものが多いから信用しない方がいいという向きもあるが、現地の渓相をみて「釣れる」という直感があれば良し、なければ他の場所をあたればいいだけの話だから、これで行ってみようとなった。

さて、予定では9日の早朝に出発するはずが、台風10号の影響で出端をくじかれた格好になった。天気予報の話では東北地域も明日は暴風域に入って大荒れになる見込みと出たから、こりゃ今出掛けるとヤバイことになるなと中止。翌日になって台風一過の青い空が広がっていたが、東北地方はまだ影響が残っているからと家の中でぐずぐずしていたら、出発が昼過ぎの1時になってしまった。休みはまだ長いから、明るいうちにいくつかの気になる渓流を偵察しながらドライブするのも一興と。で、渋滞にぶつからず気分良く高速道路をマイペースで走って、小出インター経由で只見地域に入ったのは夕方の6時半すぎであった。そして、地理不案内のところへ真っ暗な中を探すのだから、黒谷川への入り口を2,3回間違えてようやく、黒谷部落に到着したのは8時すぎになってしまった。

暮れなずむ田子倉湖

そこの民家で夜分にかかわらず入漁券を快く販売して頂けたが、そのついでに「ゲートが8時から翌朝の3時まで閉まっているから、今からでは入れないよ」と教えられた。その時は要領を得ないので実際行って確かめて見ると、ガーン、頑丈なゲートが降りていて、脇に番小屋が建っているではないか。近くの広場にバスの折り返しのため駐車厳禁という看板があること、そして、左へ行けば倉谷川という案内板があったから、場所は黒谷川本流と倉谷川(従来は禁漁だが、今回一部を除いて解禁中)が出合うちょっと手前の位置と知った。ガイドブックの記載にはなかったゲートなので戸惑ってしまった。そう言えば、あるサイトで「番人がいるゲート」という紹介があったのを思い出した。

本来のゲートは大幽沢の出合いのちょっと前ということになっているが、そこへはまだ先へ走らないと行けないようになっている。しようがないからそのまま車中泊しようと思ったが、窓を開けて寝ようとすると藪ガとかいろんな虫がわーんと入って来るので、発電所の駐車場へ移動して就寝。そのとき、見回りのために来た地域の純朴なおっさんに誰何されたが、珍妙無頼な応答で事情を話したら、ああ、そうかと、しまいにはビールを一缶恵んでくれた。

目を覚ましたらやけに冷えるなと思って時間を見たら、おっと3時半になっていたので、ゲートへ急ぐ。あれ!こんな真っ暗な時間なのに、小屋に明かりがついているではないか。ほどなく中から人が出てきて来た。まるで検問である。入漁券を見せると、代わりに「釣りのための入山証明書」を交付される。それで晴れて入山となったが、自然資源の保護という観点から、それぐらいの厳しい規制はしようがないと思う。また、どこかしこに「山菜採集のための入山厳禁」の看板が立っているところをみると、その種の入山はそれを生業としている地元の人にとって死活問題というか、とても神経質になっているなと思う。

遠いなと思いながら走っていると、先方の両脇にゲートらしきものが見えたから、ここから気をつけていれば「大幽沢」への入渓点があるはずと、ガイドブックの地図と睨めっこしていたら、後ろから来た二人組に「ここはどこか」と聞いてきた。私も初めてなのにわかるわけはないのだが、知っている範囲で手振り身振りで教えたら、「じゃあ、この近くの沢でやる」というので、自分は車止めまでいくことにした。もともとグレードの高い大幽沢はいまいち乗り気でなかったので、まあいいか、と。ところが二人組はいつまでたっても、私の車にくっついて来るではないか。何だよと思っていたら、ガツンと左のリアタイヤをぶっつけた衝撃がしたので、慌てて外へ出て見たら、パンクだ!どうやら、後ろに気を取られて、落石の角にタイヤ側壁をぶっつけてしまったようだ。これには、参ったな。広い場所にゆるりと移動してから、30分でスペアタイヤと交換できてやれやれと思ったら、件の二人組はここで降りて入渓するという。本流ねらいに変えたようだが、身支度をみるとハイウェストのウェイダーと言う具合に源流マンらしくなかったので、「山釣り」に関しては素人のようだった。もっとも、初級者向きの渓流へ行く私の方が威張れる立場ではないが、とにかく、一緒でなくてよかった。

ゆっくり走って稲子沢の車止めまで行こうと思ったが、先ほどのパンクで気勢をそがれたことと、相変わらず落石だらけの悪道に嫌気がさして、黒岩橋をすぎた辺りで、ここから本流に入って稲子沢に行くコースは半日あれば十分と見積もって、入渓することにした。時間はすでに6時を回っている。身支度していたら、どこからともなくアブの大軍に襲われた。急いで虫除けのスプレーを露出した肌に塗りつけたが、まだ寄ってくる。ほうほうの体で川床に降りたら、さすがのアブもそこまで追ってこないのか、数が少なくなってホッとした。

渓相をひと目見て、これは美渓だなと思った。水温は適当に冷たいし、苔むしたブナ林の間を階段状に流れが続いている。高い滝もなく渡渉しても膝下ぐらいの深さしかないから、「遡行は楽ちん」とガイドブックで言われるのも当然かなと思われた。ただし、今回はどんよりと曇っていたので、快適とは言えなかった。時々目印が見辛くなるほど暗い渓というのがいくつかあって、2時間も遡行していくと気持ちが段々後ろ向きになるのは止められなかった。ピーカンの空だったら、さぞかし気持ちのよいブナ林だったろうなと思う。何よりも荒涼とした岩場が少ないのも、気分が楽になる。しかし、単調な流れを釣り上がるのは飽きてしまうものだ。小さな魚止め辺りで、一旦納竿。

人に優しい黒谷川上流 小さな落ち込みから
気持ちのいいブナ林

肝心のイワナについては、やはり評判通り魚影がそれなりにあるようだった。階段状の流れで大きなプールが無い代わり、小さなポイントが点在しているので、魚信はかなりのものであった。最初の一投でツンツンツーと鉤に掛かったが、生憎、道糸が水中の何かに絡まって手にすることができなった。しかし、後は順調に釣れて面白いぐらいであった。3尾ほどの良型が釣れた他はチビイワナばかりであったが、人気河川の釣果ってのはこんなものだろう。全てリリースして、別の場所へ移動すべく引き上げる。

車のところに戻ると、まだアブの大群だ。悪態付きながら車中に入るとアブも入ってくる。本当にしっこいやつで、一つずつ指でつまんで外へはじき出しても新手のアブがガラスの隙間から入ってくる。気を取られてパンクでもしたら大ごとなので、しようがないのでそのまま下流域まで移動した。発電所をすぎた辺りの大堰堤を一目見て、このポイントは釣れるなと思った。その気持ちに偽りはなかった。竿を出してみると案の定、25センチのイワナを筆頭に、15センチ前後のヤマメと外道のウグイが15尾ほど上がった。釣り人はみんな上流志向なのか、釣り人は私一人しかいなかった。4時過ぎになって二人のルアーマンが来ただけの寂しさであった割に、魚は確実にいるようだった。長竿の細仕掛けだったら、よく釣れるのではと期待を抱かせるポイントであった。

引きが強いなと思ったらこんなイワナが 稲子沢手前の小滝


ところがまたハプニングである。養蜂場を見ようと脇の坂道に止めて置いた車を動かそうとしたら、後輪が砂利にはまってスタックしてしまったのだ。シャベルで懸命に埋もれた砂利を取り除いても駄目。もう往生して昼寝でもしようかとやけくそになっていたところへ、運良く通り掛かった発電所関係の職員3人に前を押してもらって、やっと脱出できた。職員達に平身低頭したのは、いうまでもない。昨日のパンクに続いて今日のスタックとは、私ほどついていない人はいないのではないかとぼやく。

黒谷川下流 下流でもこんなイワナが住んでいる
このポイントは大変おいしかった! こんなに小さいのが良く釣れる
ミツバチが飛び交う養蜂場


深沢温泉で気持ちよく風呂に浸かってから、三日目の午前中は昨年行った「藪沢」で釣ることにして、今晩はどこで止まろうかと思案した。こんな虫の多いところで野営する気はとうに失せてしまったので、できれば虫のいない涼しい檜枝岐がいいのだが、かなり遠いからやむなく会津方面を北上して駒止湿原の某駐車場で車中泊。湿原地帯だからちょっと蒸し暑かったが、心地よい疲労感もあって、寝られないと言うほどではなかった。

やけに冷えるなと思って目をこすりながら外を見たら、雨であった。舌打ちしたが、どうも今年の釣行はやたらと雨によくあたるなと嘆息した。ともかく、6時頃に昨年の沢へ行ったら先行車が止まっている。すでにこの沢に目をつけている人がいたとは残念。と言っても道のすぐ側にある沢だから、釣り心がある人なら釣ってみたいと思わないわけはない。釣れなくともいいから一応竿を出してみたが、やはり魚はいるようだった。小さい沢ながら適当な落ち込みが所々あって、アタリが頻繁に出てくるのである。釣れたのはほとんど10センチ前後のチビヤマメばかりであったが、一度だけ良型のヤマメが水面から踊り上がるところを見ているから、まだ有望な沢のようだ。ただし、下流へ行けば行くほど魚信が途絶えてしまうとは、変な沢ではある。しかも藪こぎなどのアルバイトを強いられて、くたびれてしまった。雨で足場が悪くなっているのもいけない。それで私は滑って左の小指を突き指してしまった。

9時過ぎにえさが無くなったので納竿。朝の腹拵えをしてから、帰路についた。西那須野インターに入ってから、何に当たったのか腹の具合が急におかしくなった。三日前に買ったハムか、或いは沢の水が腐っていたのか、ゴロゴロ鳴りだしてパーキングのトイレへ直行というのが二回。何で今回の釣行は、どこまでもケチがつくのだ。それでわかったのだが、今回の只見は私にとって「鬼門」のようだ。釣れるというのはちょっと心惹かれるが、次回は別の場所にした方が良さようだ。


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