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 埼玉県 荒川水系 支流


  1996年07月31日

  中村、高野


   天候 :午前 曇り 時々 晴れ 後 雷雨  午後  晴れ 後 曇り
   気温 :朝 12度
   水況 :増水ぎみ 笹濁り



Text  :高野 智 

 午前2時25分、荷物をRVRに積込み自宅を出発し10分程で中村宅に到着する。今日は珍しく家の前で出迎えてくれた。それにしても蒸し暑い夜が続いている。

 私達はいつものように自販機でジュースを買い、秩父に向けて出発した。この道は中学生の頃に初めて自転車で正丸峠までいった後、何10回と通っているので目をつぶってでも行ける。おそらく数十年前は秩父は秘境だったのだろう。だが、国道も未舗装の細い道路から徐々に拡張されて、いまや立派な舗装された道となった。しかし、その綺麗な道路と引き換えに、豊かな自然や素朴な暮らしは消えていったのだ。
 そんなことを想像している私達を乗せたRVRは真夜中の道路をいいペースで走り抜けた。

 やがて車は支流沿いの道に入るが、あたりはまだ真っ暗でよく見えない。直ぐに人家もなくなり、ガードレールもない道をゆっくりと登っていく。しばらく行くと沢を渡った。ここにも車を止められそうである。しかし、私達はさらに上流を目指し車を走らせる。適当な場所を見つけて車を止め、てきぱきと準備を整え渓への踏み跡をたどった。

 渓に降り立つと透き通るような空気感が出迎えてくれた。谷間はさらに気温が低く、真夏だというのに肌寒い位だ。想像していたより開けていて釣りやすそうな渓で、目の前にはいきなりの好ポイントがあるではないか。早速、仕掛けをつなぎ目の前のぶっつけに投餌する。仕掛けは笹濁りの水のなかに沈んでいった。

 仕掛けが手前側に流れてきた所で当たりが出た。合わせると5cm位のヤマメである。「なんだ。」と思い第2投。またちびが餌をつついている。これじゃしょうがないので、もう少し流心よりに流してみる。仕掛けが淵の真ん中ほどにきたとき目印にわずかな変化が出た。すかさず合わせると重い手応え。竿が弓なりに曲がる。上がってきたのはイワナだった。精悍な顔をしたイワナは26cmあった。

「ひょっとしたら、ここは穴場じゃないか?」私と中村氏は2人で顔を見合せた。

 入渓したとたんに26cmが出る渓なんて、秩父ではお目に掛かったことなんてない。私達二人はここから先の渓に大いに期待した。ポイントはいたるところにあり、ここぞという所を流せば必ずチビが餌をつつく。私達は16〜18cmのヤマメとイワナを5、6尾釣り上流に向かって歩いていった。
 やがて右岸から支流が出合ってきた。私は支流の最初の落ち込みに投餌した。直ぐに当たりがあり18cmのヤマメが踊る。
 中村氏は本流の滝壺で釣っている。一服しながら見ていると根がかりしたようだ。「あーあ、こんないいポイントで、もったいない」彼は水の中に手を入れて外すと落ち込みに向かって投餌した。普通秩父の渓なら人の気配でもう釣れないはずである。魚はとっくに岩影に隠れているはずだった。しかし、普通じゃなかったのである。ここで中村氏に来た。私はその場を見ていなかったのだが、彼の話だと「そいつは下の方で暴れまわり、なかなか浮いてこなかった」そうだ。私は彼がタモに魚を入れたのを少し離れたところから見ていたのだが、なんと彼はそいつをリリースしてしまったのである、私が良く見ないうちに・・・。
 私はイワナだとばかり思っていたのだが、それはヤマメだったらしい。それも 手の平がまわりきらない位だったというから9寸はあったのだろう。彼はヤマメに敬意を表してリリースしたと言っていた。なんてバカな、いや心の広い奴だ。

 ここで少し休んだ後、私達は遡行を再開した。私達は今のヤマメでこの渓がほとんど人が入っていないのを確信した。もしかしたら尺物にお目に掛かれるかもしれない。

 「早く上流を釣りたい。」私達は丁度都合良くぶらさがっていた太いケーブルを使って滝を乗っこし、滝上に出た。しかし、滝上はあまり当たりがない。チビはいるのだが期待の尺はどこへいったのか。「なんでだ、おかしいぞ。」しかし、その理由はじきに判明。なんとログハウスが建っているではないか。誰かの別荘なのか、そのログハウスの横には渓に降りる道がしっかりと付いていた。これじゃ駄目だと、しばらくは遡行に専念することにした。

 私達は人の痕跡が無くなった所で再び竿を出した。やはり当たりもさっきよりは多くなっている。「これなら期待できるぞ。」そう思った時、パラパラと雨が落ちてきた。時計を見ると昼近い。この辺で昼飯にするとしよう。コンロを出して湯を沸かし始めた時、雨が土砂降りになってきて、雷も鳴り出した。

 「こりゃ、まずいな。」といっても今食べているラーメンじゃない、今いる場所のことである。両側は崖になっているので増水したら逃げ道がない。取り敢えず様子を見ようということで、中村氏の分の湯を沸かしはじめた。と、その時である。火が消えた・・・。再点火しようとするが火がつかない。彼はぬるくてかたいラーメンを食べるはめになってしまった。さらに悪いことに彼はカッパを忘れてきていた。彼は岩影でずぶ濡れになりながら寂しく冷たいラーメンを食っていた・・・

 雨は降り続いている、雷も真上で鳴っている。都会で聞く雷よりもはるかに音がでかい。水は濁りを増して水位も上がりはじめた。しかし、今出ていくのは危険である。だが、引き上げないでじっとしているのも危険だ。いつ鉄砲水が来るかもしれない。私達はだんだんと上がってくる水位を見ながら何も出来ないでいた。だが不安な気持ちで空を見ると、さっきより明るくなっているし、雷も遠ざかっているようなので、もう少しの辛抱だ。

 やがて雨は小降りになり、増水も開けた所では10cm位で済んだようだ。中村氏は背中を流れ落ちる雨がウェーダーの中に入ってしまいパンツまでずぶ濡れだ。せっかくここまで来たのだが、着替えるために取り敢えず車に戻ることにした。

 車で着替えを済ませて一休みしていると、少し晴間も見えてきたので再び朝下った踏み跡から入渓した。私達は朝釣ったところに再び竿を出しながら進んだのだが、相変わらずチビ達がアタックしてくる。やがて中村氏が大物を釣った滝壺に着いた。今度は私が竿を出す番である。私は手前側から慎重に流してみるが、真ん中に流木が引っ掛かっているのでどうもうまく行かない。しょうがないので向こう岸に渡ることにした。私が流れを横切り真ん中あたりまで行ったとき、足元からでかいのが走った。「しまった、こんなところに。」と思っても後の祭だ。今のは25cm以上はあった。
 「まあしょうがない。」私は気を取り直すと渡り切った所で落ち込みにむかって仕掛けを投入する。かなり押しが強い流れなので3Bのガン玉を付け底まで沈める。何回か流していると目印が止まった。「きたっ!」すかさずあわせをくれると、すごい引きだ。朝釣ったイワナよりも強い。奴は底の方で暴れていてなかなか上がってこない。今使っている仕掛けは0.4号の通しなので大丈夫とは思うが無理は禁物だ。
 弓なりに大きく曲がった竿を操作して、だんだんと水面に引き寄せる。やった顔が見えた、かなりでかい。朝のイワナと同じかそ以上だ。
 だが私は顔が見えたところで油断していまった。「いける。」と思い強引に寄せようとしてしまったのだ。力を込めた瞬間、奴の顎から鉤がはずれ反動で背後の木を目掛けて仕掛けが飛んで行った。
 ナイロン糸の呪縛から逃れた奴は身を翻すと深みに消えていった。

 今回の釣果は満足すべきものだった。思えば今シーズンはろくな釣りをしていなかった。秩父にこんな渓が残っているのには正直驚いている。今日釣ったのは、ほんの一部分だけだが、下流も上流もかなり釣れそうだ。必ず荒川出合から源流部まで完全制覇しようと中村氏と約束して渓を後にした。


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